セブンスター・ショー
吉田拓郎がフォークの貴公子から、神になった時代。まったくTVに出ない拓郎が、その沈黙を破って「セブンスター・ショウ」に出ると言うのは拓郎ファンにとっては衝撃的な事件でした。当時はビデオが無い時代で、この動画がある事がどうしても「信じられない」。今でもこの時のTVは、はっきりと記憶しています。テレビの前でラジカセを準備して、家族には終わるまで一切喋らない様にお願いして録音したんです。なんで動画があるんだ。。。(拓郎のテレビ出演拒否の歴史関連はwikipediaを参照してください)フォーライフ・レコード(For Life Records)は、井上陽水、吉田拓郎、泉谷しげる、小室等といった、当時人気のフォークシンガーが1975年に設立したレコード会社。また、小室等が初代社長である。販売元は、株式会社ポニー(現:ポニーキャニオン)→BMGビクター(現:BMG JAPAN、1996年 10月〜)末期は今井美樹等の主力アーティストが相次いで移籍した事と新人アーティストの売り上げ不振が重なり経営が悪化。2001年に会社を清算し更生会社、フォーライフミュージックエンタテイメントを設立し現在に至る。
タイトルの "シンシア" とは、1971年6月1日に「17才」で鮮烈なレコード・デビューを飾り、アイドル研究本などでは「(今日に続く)アイドルの原点」と語られることもある、南沙織の愛称。彼女のクリスチャン・ネームでもある。1979年、写真家の篠山紀信と結婚。
1974年11月12日放送のフジテレビ音楽番組『ミュージックフェア』では、シンシアを挟んでよしだ・かまやつが「シンシア」を歌う模様が放送された。当時、吉田拓郎はあまりテレビに登場しないことで知られていたため、現在でも貴重映像として扱われている。
「こんばんわ、吉田拓郎です。こういう話を放送でやるのは僕としてもどうかと思ったんだけど、この放送では裸の自分をさらけ出していたつもりだったから…俺たちは離婚することになりました。拓郎のオールナイト・ニッポン、最終回です」
川村ゆうこ(かわむらゆうこ、1955年3月17日-)は青森県出身の歌手である。1975年第1回フォーライフ新人オーディショングランプリを獲得。翌年吉田拓郎プロデュースによりデビュー。当時のキャッチ・フレーズは「5人目のフォーライフ」。現在も活動を続けている。
| 吉田拓郎トリビュート~結婚しようよ~ | |
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