
鈴木英人(すずきえいじん)と言えば、FM雑誌「FM STATION」。1981年の創刊より鈴木氏のイラストで表紙を飾り1998年3月休刊まで、彼の書く海と風とライト・アメリカンなイラストはFMのイメージと重なって、「AOR」と「EIZIN SUZUKI」は、80年代の象徴のようなイラストレーターです。私自身はこの「FM STATION」を愛読していて。と言うよりは鈴木英人のイラストが無い号は買わず、その時だけは「FMレコパル」を買ってました。イラストのみをコレクションしてて、コンプリートしてます!!。「FM STATION」の廃刊と共に鈴木英人の作品を見ることは殆どなくなったのですが、昨年、博多に遊びに行った際「コアビル」(地方ネタで申し訳ないー)に鈴木英人のアンテナ・ショップを見つけてしまいました。。やばい・・・金が飛ぶ。。。しかーし、2008年のカレンダーを買っただけで収まった自制心の強い私でした。近々で皆さんも知っている一番知名度の高いイラストと言えば、2001年に発売された桑田佳祐の6枚目のシングル「波乗りジョニー」のジャケット。その他、山下達郎の「ラブランド・アイランド」「ライド・オン・タイム」「for you」等があります。大体、私がポルシェ買っちゃったのは、実はこの人が原因(余談)

主な仕事と作品
「FM STATION」「野性時代」「ポパイ」等の雑誌カバーイラストレーション。中学校英語教科書「NEW HORIZON」のカバーイラストレーション。ミスタードーナツ、デニーズ、ニコン、富士写真フイルム、ライオン、日産自動車、日本石油、アサヒビール、サントリー、キリンビール等の広告キャンペーン及び商品パッケージのイラストレーション。科学万博駅パビリオン壁画。阪急西宮北口壁画。横須賀市「海と緑の1万メートルプロムナード」壁画。ハイビジョンTV番組制作(TBS)。サマージャンボ宝くじのイラストレーション。JAL機内誌「WINDS」、桑田佳祐「波乗りジョニー」山下達郎「ラブランド アイランド」杏里「R134オーシャン・ディランツ」などのカバーイラストレーション。フォルクスワーゲンの版画制作。
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イラストレーターへの道のりEizin Suzuki: Happy /Days - The World & I Online Magazine
電通の仕事が縁で、薦められるままに独立、デザイン会社を設立(26歳)。電通から夜も眠れないような仕事の注文が入り、経済的には恵まれるが、絵の好きな自分のサクセスを夢みて、「どうしたら良いか」進路を模索(29歳)。電通の経験から、ニーズに対しての論理は把握している、絵が好きで絵を画いているだけではサクセスはあり得ない、「あの豊富な電通の資料を利用しよう」。完全なオリジナルを目指して、調査・分析を開始。既成の物を取捨選択しながら、単純で表情の無い線を色で埋める、モチーフはアメリカ…大好きな、気持ちの良い、透明な、明るく、軽いアメリカ。オリジナリティのある作品完成。作品が本に掲載され世に出た日から、注文が殺到。休む暇もない日が続く。プロダクションは、イラストレータの事務所になって行った。名誉な仕事を受けても予定が詰まっていては仕事が出来ない、手分けをして、且つオリジナリティのある作品を完成させる方法を、またも調査・分析して発見(30歳)。ある日、気がつくとアナログの材料がなくなっていた。(パントンカラー製造中止に!) システムだけが、コンピューターの中に、カラーチャートとして残っていた。ガクガクと足が震えた。自分で出来ない物が、世の中に出てくる。それを自分でやる……そうしなければ、明日はない! 表現とは、何だったのか? 原点に戻ろう。コンピューターを完全にマスターしよう!(50歳) スーパー表現方法も超える表現が、コンピューターが出来ることを発見。
表現領域が、人間の知覚と結びついて、無限に広がる思いにワクワクする。現在、サザンやB'zの仕事、世界の大手自動車メーカーからの、アフターマーケットから入る新しい手法の仕事を受けている。至福の時です。
独り言
やりたいことをして、自分をアピールすることをしなければいけないね。ただ、待つだけでは、ダメだね。アプローチは自分で作らなくては! 自分の芸術的センスに光を当ててみて、どのようにするかを考えて見ました。余りある才能を持った人とは違うことを自分で知り、一番難しいのは自分であることを知りました。版画に、アートの経済性を考えています。若い人達が、自分達の思い出のある絵の中に、見る音楽のような気分で入ってもらえると嬉しいですね。癒しに繋がるのではないかと思う部分もありますね。
llness in childhood and growing up close to the sea profoundly influenced the life direction of Japanese artist Eizin Suzuki. Born in 1948 in Hakata City, he moved to a seaside city south of Tokyo when he was ten. Suffering from asthma, as a child he could not participate in sports. But he found another route to popularity. As he recalls in the Japanese television documentary on him, Island Breeze: "Although I was not so fond of drawing, I was really good at it. I could copy guns from the Western movies or characters from popular comics, and I drew them in front of my classmates, who applauded me. Drawing became the means of communicating with friends."桜と EIZIN と PORSHE な 1 日
He did not think seriously of art as a vocation, however, until he came across a book on Surrealism when he was in high school, and this sent him into an exploration of modern art movements and underground cinema. Upon graduation he determined to become a painter--but, he recalls, "I had to earn a living. I could not live on painting modern pictures, so I did some design work to earn money. I needed money to paint."
He was ambitious. "I wanted to become known to the world by painting. So I had to make my works appeal to the world." Essential to this was cultivating a distinctive style. He searched for his own mode of expression by following a process of elimination through a number of techniques. "What was left," he says, "was just line and plane. There are not many artists who use only line and plane. This would be one characteristic of my work." The other was a recognizable theme.
山下達郎のジャケットなどで有名なイラストレーター・鈴木英人氏のファンクラブ「EIZIN CLUB」の恒例行事『桜を愛でる会』に参加してきました。EIZIN 氏の自宅兼仕事場の見学やお花見に加え、PORSHE のコレクションも拝見できた、有意義な一日でした。鈴木英人と『FM STATION』 Wood Eight Cafe/ウェブリブログ
その昔、80年代に洋楽や邦楽を楽しまれていた皆さんは、何で新譜、アーティスト情報をとっていましたか?★鈴木英人みたいな画像をつくる。|ソガ-ネットドットコムBLOG
今はインターネットを初めいくらでも情報をとることができますし、気軽に洋楽・邦楽の新譜試聴を楽しめますが、当時は音の情報源と言えば唯一ラジオであり、しかも当時は東京でさえ2局(NHK FMとFM東京)しかなかった時代でした。
鈴木英人というイラストレーターをご存知ですか?80〜90年代にすごく人気のあったイラストレーターで、おしゃれな画風で、私も部屋にポスターを貼ったりしていたものでした。鈴木英人 『イラストレーター誕生』
デジタルで画像を加工できる時代になって、フォトショップで手軽にソレ風の画像を作ることが出来ます。
まず、元画像を「明るさの中間値」と「ポスタリゼーション」で加工します。「複製レイヤー」を作って「輪郭抽出」「2階調化」して「ソフトライト」で重ねます。以上で出来上がり。細かいパラメーターでずいぶん変わるので、いろいろやってみて調整してみてください。
アーティスト対談 『イラストレーター誕生』建もの探訪
イラストレイターとして活躍される鈴木英人さんのお宅は古き良きアメリカの家。それもそのはず。なんとアメリカ人の棟梁とその家族を2年間逗子に住まわせ建ててもらったとか。部材からその家族が飲むコーラまで全てアメリカから取り寄せたそうです。非常に強い熱意を注いで完成した建物。プロだけあって自分の家のイメージを伝えるのにイラストを書いて説明されたとか。
FM情報誌としては最後発でありながら、競合誌よりはるかに安い定価200円という低価格も手伝ってか、もっとも多くの売り上げを誇っていた(最盛期には40万部を超えていたと言われる)。当時、競合するFM情報誌は「FMレコパル」「FMファン」「週刊FM」があった。
読者層は十歳台から二十歳台の若者、それもマニアックでない層をターゲットとしていた。それ故、音楽記事はクラシックやジャズといった既存のFM情報誌が中心に取り上げていたジャンルは傍らに置いて、邦楽や洋楽のポップス系が中心だった。また、FM情報誌がほとんどカバーしないアイドル歌手も毎号結構な記事の分量で取り上げていた。オーディオ機器の紹介記事に関しても、海外ブランドの何十万円や何百万円単位のハイエンド機は取り上げず、家電量販店レベルで買える国内家電メーカーのコンポやラジカセなど比較的廉価なものが中心であった。
創刊時から1988年まで、当時新進気鋭の鈴木英人のイラストを毎号の表紙に採用し、付録でその表紙のイラストを象ったカセットテープケースのレーベルは特に人気を博した。なお、表紙の作品群は画集にもされ、1984年に「FM STATION ILLUSTRATED」として別冊扱いで刊行された。この画集にもカセットテープケースのレーベルが再び付録として付けられている。
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