

60年代、ジャンルを超えたアートの実験場であった草月アートセンター。ここで“コンテンポラリー・シリーズ”と題された催しの一環として、アート・アニ メーションの発表を定期的に行っていたのが、久里洋二・真鍋博・柳原良平による「アニメーション三人の会」。64年、65年、宇野亜喜良、和田誠とともに ゲストとして招かれた横尾忠則は、それまでの作品を集大成する形のコラージュ作品「アンソロジーNO.1」、アメコミ調のキス・シーンを何百枚も書き、そ れを破りながら重ね写した「KISS KISS KISS」、『日本民話グラフィック』(美術出版社 64)のために創作されたご詠歌入り田舎がたりをアニメーション化した「堅々獄夫婦庭訓」を製作・発表した








幅広い作風でジャンルを超えて活動。油絵、オフセット印刷、テクナメーションや立体など技法は多様である。また先行する作品を引用や模写の形で作品に取り入れることも多い。絵を描くことを愛だと表現し、理論や状況分析によって制作する立場はとらない。また、興味をもった対象は膨大な量をコレクションする。それは作品のモチーフになり、時に引用される。1980年代後半から滝を描き続けたときは膨大な滝のポストカードを収集し、コレクション自体も作品化した。2000年からの「暗夜光路」シリーズではY字路を集中して描いた。 何度もインドを訪れている。宇宙人や霊的な存在についての言及もあり作品の評価の際にも関連が指摘される。 メディア型美術家と評されるほど、各種メディアへの登場頻度が高い。自身の公式サイトにて発表している、ひと言風の日記「YOKOO'S VISION(横尾忠則 昨夜・今日・明日)」は更新頻度も高く、訪問数も高い。 『少年マガジン』の表紙や、サンタナのレコード・ジャケット、1979年貴乃花・1981年千代の富士貢の化粧廻し、宝塚歌劇団のポスターなどもデザインしている。 また、多くの異なるジャンルの作家と交流を持ち、共同で仕事をしている。岡本太郎、谷内六郎、三島由紀夫らを敬愛している。
≪EIZIN SUZUKI 鈴木英人 / シティ・ポップ・イラストレーター | HOME | 【映画】「黒蜥蜴」江戸川乱歩原作≫
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